より子の言の葉。

30代半ば独身女の読書ブログです。

臓器移植について考える「人魚の眠る家」

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「推理小説が好きです。」と言えば、高確率で言われる

「東野圭吾とか?」

(あーうん、そうそう代名詞のように東野圭吾って言われちゃうけど、勿論大好きなんだけど、初期作品はともかくとして、最近の東野圭吾は社会派小説家だと思うんだよね。あなたは、どの程度読んで東野圭吾とかって言ってるのでしょうか。”とか”って言うけど、他の人は出てくるんでしょうか。あーこの流れ宮部みゆきとは言われたくない。)

を飲み込んでの

「そうですね。推理小説なら島田荘司とか法月倫太郎が好きです。最近の東野は社会派作品が多いですよ。(ニッコリ)」

上記の会話を100回くらいしている私ですが、今回ご紹介する「人魚の眠る家」はまさに東野圭吾の社会派作品です。

推理要素0。

それなのに、結末に向かって一気に読んでしまったのは、東野の「含み」の強さだと思う。どこかに何か潜んでいるんじゃないかと思う期待感。

期待を裏切らずその「何か」はとても素晴らしかった。感服。

「人魚の眠る家」東野圭吾 

あらすじ

人魚の眠る家 (幻冬舎文庫)

人魚の眠る家 (幻冬舎文庫)

  • 作者:東野 圭吾
  • 出版社:幻冬舎
  • 発売日: 2018-05-30

 「娘の小学校受験が終わったら離婚する」。

そう約束していた播磨和昌と薫子に突然の悲報が届く。娘がプールで溺れた―。病院で彼等を待っていたのは、“おそらく脳死”という残酷な現実。

一旦は受け入れた二人だったが、娘との別れの直前に翻意。医師も驚く方法で娘との生活を続けることを決意する。

狂気とも言える薫子の愛に周囲は翻弄されていく。

臓器移植について考えたことはありますか?

 健康保険証の裏に臓器移植の意思表示を記入するところがあって、私は記入しています。

もしかしたら、死後の世界があって臓器移植をしたら死後の世界で苦しむかもしれない。というのも「死役所」という漫画では、死んだときの姿そのままで黄泉の世界へ行く設定なので、そうなると臓器移植をすることは少し躊躇ってしまうなぁ。

なんてファンタジーを思いついてしまうのは活字オタの性なのかもしれないです。

そもそも輸血ですら断られる私は、希望しても臓器移植されないかもしれないとは思っています。

※輸血を伴う手術歴があると輸血はできません。

だけど、何十名かの輸血で生き永らえた私としては、純粋に人の役に立ちたいと思っています。

だから、手術した心臓と角膜以外は全て〇をして、保険証を持ち歩いています。

結構真面目に、臓器移植について考えていると思った。

・・・

でも、全然そんなことなかった。

意思表示は必要。それは、絶対。

だけど、何をもって生死を判定するのか。

脳死とは何なのか。

ちゃんと知っていたのか。

ねぇ、皆ちゃんと知っているの?雰囲気に流されていない?

そして、自分だけじゃない。

自分の親が、自分の子供が、その立場になった時、

私は正しいと思う判断が下せるのだろうか。

(子供、いないけど)

っていうようなことを滅茶苦茶考えさせられる作品でした。

テーマが激重。

だけど、重要。

「考えさせられる」って使いたくないフレーズ第1位だけど、それでも考えざるをえない憎き東野圭吾。

だから、推理小説の代名詞として東野圭吾を使うのはもうやめませんか。

生きるって何だろう。

「脳死」かもしれないと判断された娘。

植物状態であるのにも関わらず、最新技術を使って体が動くようになります。

電気信号やら、横隔膜のペースメーカーやらで、徐々に筋肉がつきます。

パッと見ると健康そうで眠ったままの状態です。

この小さな子供を見たときに、果たして死んでいると答えられる人はどのくらいいるのだろうか。

もがき苦しんで、もう死にたいと願う人の延命をやめる気持ちはよくわかる。

だけど意思表示のできない状態で、0.00001%の奇跡を信じたいと願う気持ちもわかる。

そして最新技術で動くことのできるこの娘は、生きているのだろうか。死んでいるのだろうか。

東野圭吾の答えが見事に書かれていて、私は背筋が凍る思いをしました。

そして、実際どうなんだろうと。

あーすごい。

本当稚拙で申し訳ないけど、発想力が凄すぎる。

社会的には死んでいても、やっぱりあの子は生きているんじゃないのかなぁ。

と、最終的には思いました。

こんな人にオススメ

・社会派の東野圭吾が好きな人

・臓器移植について考えたい人

以上。おしまい。